1. The Mother and the Baby
小泉八雲 落合貞三郎訳 「知られぬ日本の面影」 第七章 神國の首都――松江 (一八)
中原町に飴屋があつて、水飴を賣つてゐた。これは麥芽から製した琥珀色の糖液で、乳のない子供に飮ませるものである。毎夜更けてから、顏色靑白い女が、全身白い衣をつけて、一厘だけの水飴を買ひに來た。あまり瘠せて顏色が惡いのを不思議がつて、毎度親切に訊いてみたが、女は何も答へなかつた。遂に或夜好奇心に驅られて、跡を追けて見ると、女は墓地へ行つたので、こわくなつて引き返した。
翌夜女はまた來たが、水飴を買はないで、唯隨いてこいと手招きをしたので、飴賣は數人つれ合つて行つた。女はある墓へ行つて消えた。地下には幼兒の泣き聲がした。墓を發いてみると、毎晩飴屋へ來た女の死骸があつて、それから生れた赤ん坊がゐて、提燈の光りをみて笑つてゐる。その側には水飴の小さな椀が置いてあつた。これは母のまだ眞實に死んでゐないのが早まつて葬られ、墓中で子が生れたので、母の幽靈がかやうに子を養つてやつたのである――母の愛は死よりも強いから。