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小泉八雲 落合貞三郎他訳 「知られぬ日本の面影」 第二十五章 幽靈と化け物について (六)

 

       六

 

 武士と鬼のこのまぼろしは金十郎に一つ妙な話を思ひ出させた、それを幻燈がすむと同時に語り出した。こんな見世物のあとでは、どんなに物凄い話でも平凡になり易い、しかし金十郎の話は、殆んどどんな場合にでも、それを語るだけの價値がある程いつも奇拔な物である。今それで私は寒さを忘れて熱心にそれを聞いた、――

 

 

 

 『昔、昔、妖怪や女に化けた狐がこの國に出た頃、兩親と共に都へ來た武士の娘があつた、大層綺麗で見る程の男は皆心を奪はれた。それで數百人の若い侍(さむらひ)が彼女と結婚する事を望んで、その兩親にこの事を申込んだ。日本では結婚は兩親によつて取りきめられるのが習慣であつたから。しかし凡ての習慣に例外がある。この少女の場合もそんな例外であつた。彼女の兩親は、娘に自分の夫を選ぶ事を許すつもりである事、それから彼女を得ようと思ふ者は彼女に直接申込む事勝手たるべき事を宣言した。

 

 高位高官の人や大金持の人が澤山求婚者として、その家に入る事を許された、銘々その得意な方法で彼女の愛を得ようとした、――贈物をもつてする者、甘言をもつてする者、彼女を讃美する歌をもつてする者、永久に變らない誓約をもつてする者、色々であつた。銘々に彼女は程よく又見込みのありさうな返事をした、しかし彼女は妙な條件をもち出した。どの求婚者にも武士としての名譽の言䈎に誓つて、彼女は固く約束させた、それは求婚者が彼女に對する愛情の試驗をうけて、さてその試驗の如何なる物であるかは何人にも決して洩らさない事であつた。そこでこれには誰も異存はなかつた。

 

 ところが最も自信のある求婚者でも試驗を受けてからは、突然その懇願を止めた、さうして皆、何か非常に恐怖した事があるらしかつた。實際その町から逃げ出して友人からどれ程歸る事を勸められても承知しない者も、僅かではなかつた。しかし何人もその理由を暗示するだけの事をした者もなかつた。それでその祕密を何にも知らない人々はその綺麗な少女は妖狐か鬼女かに違ひないとささやいてゐた。

 

 さて、高位高官の求婚者達が皆その申込みを捨てた頃に、刀の外に何一つ財産のない武士が現れた。善良にして義に篤い、それから愛想のよい男であつた、女の方でも好きであつたらしい。それでも彼女はやはり外の人と同じやうに誓はせた、そのあとで或晩再び來て貰ふ事を約束した。

 

 その晩になると、彼はその家でその少女だけに迎へられた。人手を借らないで自分ひとりで彼の前へ食膳を運んで接待した、それからおそくなつて一緒に出かけようと云つた。彼は喜んで承諾して、何處へ行きたいかと尋ねた。この問に對して彼女は何の答もしないで、突然默り込んで、やうすが變になつた。暫らくして彼女は彼をひとり置いてその部屋から退いた。

 

 眞夜中すぎて餘程たつてから漸く女は戻つた、幽靈のやうに眞白の裝束をして、一言も物を云はないで、彼女のあとから來るやうに合圖した。全市が眠つて居る間に家を出て二人は急いだ。所謂『朧月夜』であつた。いつもこんな夜に幽靈が出ると云はれる。女は足早に案内した、女が足早に通る時、犬が吠えた、町を離れて大きな樹の影になつて居る小さい丘のある場所に達した、そこには古い墓地があつた。そこへ女は――白い影が暗黑の中へ――すつと入つた。不思議に思ひながら彼は續いた、刀に手をかけながら。それから彼の眼はその暗黑に慣れて、そして見えて來た。

 

 新しい墓の側で女は止まつて、彼に待つやうに合圖した。墓掘りの道具は未だそこに置いてあつた。それを一つ取つて女は不思議な早さと力で必死になつて掘り始めた。たうとう女の鍬が棺の蓋に當つてブーンと音がした、すぐ新しい白木の棺が露出した。蓋を破つて、その中の死骸――子供の死骸――を出した。お化けのやうな身振で死體の腕を一本もぎ取つて、二つに折つた。そこで坐つて、上の方の半分を喰べ出した。それからあと半分を彼女の愛人の前に投げて『私を愛するとおつしやるなのなら、これをめし上れ、これが私の喰べ物です』と叫んだ。

 

 ただ少しのためらひもなく、彼は墓の向側に坐つて、腕の半分を喰べた、それから『結構、どうかもう少し下さい』と云つた。その腕は京都製の最上等の菓子でできたものであつたから。

 

 その時少女はふき出して跳び上つて叫んだ、『私の勇敢な求婚者のうち、逃げ出さない者はあなただけでした。私は恐れない夫がほしかつた。私あなたとなら結婚します、あなたなら愛します、あなたこそ男です』